戦場でワルツを(Waltz with Bashir, 2008,イスラエル)

戦場でワルツを 〜劇画のインパクト勝利〜


前編アニメーションのドキュメンタリー。ブルーレイで鑑賞したためかもしれないが,非常に色彩がきれいで夢を見ているかのような(いやむしろ夢に出てきそうな)気持ちにさせてくれる映画。黒、青、黄色を多用した色彩は独特だし,なにより劇画調のアニメのインパクトは大きい。しかもほぼ全編アニメーションなので現実と回想のキャップをあまり感じることなく、スムーズに物語へ入り込むことができる。

物語は,ある事件の日の記憶がすっぽり抜け落ちていて,事件の日に何があったのかをどうしても思いだけない主人公が,昔の仲間のもとを訪れて当時の話を聞き,少しずつ記憶を取り戻していくという流れ。この主人公は監督自身という設定にされており,後でメイキングで登場する監督がアニメで描かれた主人公の顔とそっくりだったのでおどろいた。

というわけで,いちおう物語の本筋は謎解き。ただしそもそもこの事件は実在の事件。なので見ている人は何があったのかあらかじめ分かっていることが前提。もちろん,どれぐらい詳しく知っているかという差はあるだろうが,少なくても事件が気持ちのよいものでは決してない,ということぐらいは分かる。だからミステリーの調子は抑えられていて,話は淡々と進んでいく。主眼に置かれているのは謎解きよりもアニメーションと音楽を組み合わせた回想シーンで,見ている人はこの回想シーンをもとに事件に対する想像力を膨らましていくという感じ。

アニメーションとは言っても,通常のアニメーションのようなデフォルメはほとんどされていない。全く同じ構図で,寸分の違いもない実写版を作成することも可能だろう。だが,もし本作が実写で作られていたとすれば,きっとこんなに注目はされなかっただろうし,観ていてこんなインパクトを受けなかっただろう。
戦争ドキュメンタリー映画としては,良作だろうと思う。というよりそもそも戦争ドキュメンタリー映画を作っている時点で,製作者側の筋書きや題材に対する視点・思想はかなりしっかりしているはずなので,駄作は生まれにくいような気もする。劇画調アニメーションのドキュメンタリー映画という,特異な発想は本作の大きな魅力となっている。